私たちは、「無常」を知ってはいても、身近な人などの死を前にすると衝撃を受けます。それは、意識するとしないとに関わらず「死は我がことでもある」と感じるからです。いのちが消えたという実感と逝った方への哀惜は、解消しにくいやりきれなさをもたらします。その時、私たちは何かをしないではいられません。
だから、人類は誕生以来、御霊を慰めると同時に、自分自身へも立ち直りの機会をもたらすため、弔いと慰撫を行って来ました。きちんと別れ、もはや意志は通じなくとも、自分なりに何らかの形で手を差しのべることが引導を渡す葬儀であり、折々の供養です。そうして御霊は安寧を得、送った人々は徐々に日常を取り戻します。その日常は、以前と同じではありません。私たちは、他者の死を通じて知らぬ間に「無常」の真理をより深く魂で受け止め、供養は魂を磨くからです。故人が自分の死をもって作ってくださった「供養の機会」に、しっかりお応えしましょう。
人であれ、ペットであれ、「別れ」は真実世界の扉を開きます。
その時に、しっかりと行うべきことを行っておいていただきたいと願っています。どんな成り行きであろうと、墓地がどこにあろうと、必ず御霊とご遺族にご安心いただける修法があります。
ぜひ、当山にご相談ください。
お墓はあの世の家であり、永代に用いられる大切な安らぎの場なので、しっかり検討していただきたいものです。
葬儀を行う寺院を選ぶことは、いかなる法で守られるかを決める重大事です。
亡くなった大切な人が、あの世で幸せに暮らせるように祈りたい、そうお考えの方は法楽寺へご相談下さい。