戒名とは戒律と共に授かる名であり、本来は、戒律に生きる決心をして〈生き直す〉人へ、師を通じてみ仏から授かるものです。古くは、四国八十八霊場内の数カ寺などを開いた行基菩薩が聖武天皇(戒名は勝萬)とその皇后、そして中宮に授けています。また、武田信玄(戒名は法性院信玄)や上杉謙信(戒名は不識院殿真光謙信)や山本勘助(戒名は天徳院武山道鬼居士)も生前に戒名を受けていました。
戒律を受けると心に戒体(カイタイ…仏心を開く力となる核)が生じ、行く手を照らす明かりになり、大きな安心をもたらします。
そもそも、み仏の教えはこの世の生き方を説くものです。
もしも、蛇とワニと鳥と犬と狐と猿をつかまえてそれぞれに縄をつけ、一つに結んでから放したならば、どうなることでしょう。蛇は塚、ワニは川、鳥は空、犬は村、狐は野原、猿は森へ向かおうとして大混乱になるのではないでしょうか。
私たちもまた、目は見えるもの、耳は聞こえるもの、鼻は匂うもの、舌は味わうもの、皮膚は触れるもの、そして心は思うものに動かされ続けているので、六根それぞれを勝手気ままに放っておけば、迷いと苦へ陥るのは必定です。
しかし、犬を柱へ結びつけ鳥を籠へ入れて飼いならすように、六根を真理にもとづく教えという柱へ結びつけるならばそれぞれの機能は正しく制御され活かされ、人は正しい目的へ向かって活き活きと生きられることでしょう。
戒体は人生の柱になります。生きる姿勢へ不動の芯をもたらします。
死んでから迷わぬようにと戒律を受けて成仏するのも一つですが、生きているうちにみ仏の子としての生き直しを行い、背筋を伸ばして日々を送るのも良いのではないでしょうか。
当山では、この世の幸せがあの世の安心をもたらすよう、生前戒名をお勧めしています。
親が幸せを願って我が子へ名前をつけるのと同じく、戒名はみ仏から仏弟子へ降りる厳粛なものであって対価の決めようがなく、当山では、戒名料をいくらと請求してはおりません。布施行の本義からしても、布施は自発的であることが必須です。
もちろん、金額によって長さが異なるということもなく、男性なら「〜院〜〜居士」、女性なら「〜院〜〜大姉」と、必要な三つの熟語が入ります。お布施については戒名の意義を考慮してご判断ください。
| 孝謙天皇 | … | 法基 |
| 平賀源内 | … | 智見霊雄 |
| 大石良雄 | … | 忠誠院刃空浄劔居士 |
| 夏目漱石 | … | 文献院古道漱石居士 |
| 川端康成 | … | 文鏡院殿孤山康成大居士 |
| 三島由紀夫 | … | 彰武院文鑑公威居 |
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